保江邦夫の
保江邦夫による
保江邦夫のための
随筆垂れ流し
【2007年4月18日】
昨日、高校のときからの親友北村好孝君からホームページ開設祝いのメール第2号を頂戴した。北村君は爽やかな春風のような人で、彼がいなかったらおそらく今の僕は存在していないだろう。だが、そんな形而上学的な影響だけではない。4月16日の雑記にある我が秘密基地の四輪駆動兵員輸送車は北村君が軍隊調に塗装した上で寄贈してくれたものだ。感謝。
ところで、今年が開けて早々のこと、北村君は見事な転身を披露してくれた。それまで長年勤めていた社会福祉法人がワンマン理事長の下で肥大化の一途を辿ることに対し、素朴な疑問を感じた魂の叫びに従う形で、自分の人生を青少年に対する教育の場で燃焼させることにしたのだ。四国は香川県の多度津にある少林寺拳法総本山に併設された学校法人専門学校禅林学園の事務局長として学校内外の実務を取り仕切りつつ、長年鍛えた経理の腕を見込まれて「簿記」の授業も週7コマこなしている。
北村君は少林寺拳法の経験はないのだが、実は長年合気道をやっていて岡山では大学合気道部の監督も続けている腕前だ。さらには、僕が細々と伝えている冠光寺流柔術にも入門したほど。それだけではない。多忙な毎日の中に上手に時間を見つけては、「アンサンブル早島(略してアンハヤ)」というオーケストラの一員(チェロを弾くのだよ!)としての練習にも余念がない。更には、パソコンを駆使したビデオ編集やプロ顔負けの多重トラック録音編集で、アンハヤの演奏CDやDVD制作もお手のもの。まさに、スーパーマン。
このスーパーマン、これまでも僕が困ったときには無条件に駆けつけてくれたし、これからも必ずそうしてくれる。そんなわけだから、僕自身いつまでたっても遊び半分のいいかげんなことしかできないダメ人間のママなのかもしれないが・・・。しかし、遊び人の金さんには憧れるナー。今日から「遊び人の邦さん」とでも呼んでもらおうか?
最後に宣伝をひとつ。僕の最新刊
『武道の達人――柔道・空手・拳法・合気の極意と物理学』(海鳴社)
の発売は今日! 北村君が愛機 Canon EOS で連写撮影してくれた華麗なる投げ技の数々が掲載されているだけでなく、北村君自身が相手してくれた貴重な秘伝技(?)の写真も初公開。是非、書店にお急ぎ願おう。
【2007年4月17日】
昨夜、岡山県立操山(そうざん)高等学校で物理を教える高見寿先生からホームページ開設祝いのメール第1号を頂戴した。
「早速拝見。数理物理学者のところはまだ書いてなくて、それ以外は詳しいというとこ
ろが、なかなか面白いところでした」
という文面であの暖かい笑顔を思いだし、何となくほのぼのとした気分で眠りに落ちた。まずはホームページを立ち上げたことについてのよき結果第一号。
そういえば、日本評論社編集部の高橋健一さんをご案内して操山高校に高見先生を訪ねたのは、もう二十日ほど前のことになる。NECの5インチFDパソコン(いわゆる98)で大昔に作っておいた授業のためのプリント『5分でできる物理演示実験』の内容を現代風にアレンジし直し、日本評論社から出版するという画期的なプロジェクトの立ち上げのためだった。
受付で聞いたとおりに異様なほど細長く真っ直ぐな3階廊下を突き進んでいくと、西外れの南側に物理準備室がある。中を覗くと、ちょうどその日に定年退職をお迎えになった年配の先生がお一人で机の片付けの真っ最中。聞けば高見先生は隣の物理実験室で、いつものように押しかけてきた数人の生徒につかまっているとか。
てっきり入試問題の解き方を教えているのかと早合点してしまったが、ソッと覗くとちょいと面白そうな物理実験披露が終わったところ。僕等に気づいた高見先生が、お客さんだからと生徒を実験室の外に連れ出すときも、そういえば何となくほのぼのとした雰囲気で生徒達も楽しげだった。
教育改革が声高々に叫ばれてはいるが、文部科学省や教育再生会議の人達にまかしていたら、少なくとも教育現場は益々おかしくなってしまう。物理を代表とする理科教育でいえば、無意味な締め付けだけが制度化されてしまい、高見先生のように肩の力を抜いて生徒の興味をじっくりと引き出すことに長けた教師がますます学校現場に居づらくなってしまうからだ。
このあたりのことを立て板に水の如くサッと論じる頭がないのが残念だが、それでもちゃんと神様は助けて下さる。ここで遅い朝食を取りながら朝刊に目をとおしていたら、何と「私の視点」欄に元防衛大学校教授(憧れるナー!)の方が見事な筆で代弁して下さっていたのだから! 圧巻は、日頃から主張している僕の考えそのものを援護する
「研修会の講師といえば校長、大学教授などであるが、人間的にも専門的知識にも優れた者が必ずしも校長になっているわけでもないし、大学教授といえども現場の知識が深いわけでもない」
という文章だった。教育再生会議の面々も、ここでいう研修会の講師と大差はないことを考えれば、政府が押している教育改革そのものに対する危機感の方が大きくなってしまう。
ホント、嫌な世の中だねー。
【2007年4月16日】
今日は記念すべき日だ。何故なら、もう十年以上も前にアメリカで取得していたドメイン yasue.net に、やっとホームページなるものを作り上げる第一歩をしるした日になったのだから。
「明日できることを今日やるな!」
を座右の銘としてきた僕が世間並みに自己主張する気になるには、やはりこの歳まで待たなければならなかったのかもしれない。
本当ならずっと昔に立ち上げていたはずのホームページを、泣かず飛ばずの音無の構えのあげく今頃になって公開するのであれば、せめて流行のブログも取り入れたい。そう考えた僕は、昨日の日曜日に我が基地のポンコツ四輪駆動兵員輸送車を駆って家電量販店デオデオの店舗にあるコンピューター関連書籍を片っ端から立ち読みしてきた。
ポンコツ四輪駆動兵員輸送車
その結果判明したことは、自分のドメインでホームページにブログのページも設定するには、例えば MovableType などのブログシステムのプログラムを自分のドメインを管理運営するサーバー(僕の場合は Linux マシン)で走らせておかなくてはならないということ。しかも、個人の非営利的利用に限定すれば MovableType は無料で手に入るらしい。しめしめ。
一度握ったものは梃子でも放さない星の下に生まれた僕は、タダで手に入るという MovableType の入手先だけを憶えて笑顔でデオデオを後にする。しかし、捕らぬ狸のナンとかとはいささか状況が違うかもしれないが、確かにそうやって何とか無料でゲットした MovableType を我が Linux サーバーにインストールしようとしたとたんのことだった。僕の表情がにわかに掻き曇り、深夜まで悪戦苦闘したあげくに
「やめた、やめた! 猫も杓子もブログブログの世の中、せめてこのまともな俺様くらいはブログシステムの手のひらでコンピューターに遊ばれることを拒否してやるのさ」
と宣言したのは。
というわけで、本来ならば洒落たブログ画面でのお披露目となった
随筆垂れ流し
だが、そこはそれ、ブログシステムを欠いたサーバーの悲しさ。HTML ファイルにひたすら垂れ流しで書き加えていくという原始的な手法を駆使するしかないのだが、ご一笑の上お許し願いたい。
制作著作=保江邦夫(2007年)
ここがどん底です